宮本武蔵

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宮本武蔵の基本情報

八大神社にある宮本武蔵の像

江戸初期の剣豪。
岡山県英田郡大原町宮本にて天正十二年に生まれる。
初めての決闘は13歳の時、新当流の有馬喜兵衛と戦い勝利した。 それ以後29歳になるまで、60回以上の数々の死闘を行ったが、1度も負ける事がなかった。
京都では、吉岡一門と下り松で激闘を繰り広げている。
また、巌流島では佐々木小次郎と戦い勝利をおさめた。

宮本武蔵の年表

〜1584(天正12)年・1歳〜
平田無二斎の次男として美作国(岡山県)に生まれる。

〜1596(慶長元)年・13歳〜
播磨国平福にて、新当流有馬喜兵衛に勝利。

〜1600(慶長5)年・17歳〜
関ヶ原の合戦に参戦する。

〜1604(慶長9)年・21歳〜
京都一条下り松にて、吉岡一門に勝利。
奈良にて、槍使いの僧・奥蔵院に勝利。

〜1607(慶長12)年・24歳〜
伊賀の鎖鎌の使い手・宍戸梅軒に勝利。

〜1610(慶長15)年・27歳〜
江戸にて、柳生新陰流大瀬戸隼人・辻風典馬に勝利。

〜1612(慶長17)年・29歳〜
巌流島にて、巌流の佐々木小次郎に勝利。

〜1614(慶長19)年・31歳〜
大阪冬の陣・翌年大阪夏の陣に参戦。

〜1622(元和8)年・39歳〜
東軍流三宅軍兵衛と試合して勝利。

〜1624(寛永元)年・41歳〜
伊織を養子とする。

〜1637(寛永14)年・54歳〜
島原の乱に、小笠原忠真の指揮監として伊織とともに参戦。

〜1640(寛永17)年・57歳〜
細川忠利の客分として肥後・熊本に招かれる。

〜1641(寛永18)年・58歳〜
細川忠利の命により兵法三十五ヶ条を書く。

〜1643(寛永20)年・60歳〜
霊巌洞にこもり、五輪書を書きはじめる。

〜1645(正保2)年・62歳〜
五輪書完成、その後病に伏し、独行道を書き残して永眠する。

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