落柿舎の由来



京都嵯峨野に趣がある草庵が存在します。
その名は、落柿舎と言います。
松尾芭蕉の弟子・向井去来(※)が別荘して使用していた場所です。
(※芭蕉をして「洛陽に去来ありて、鎮西に俳諧奉行あり」といわしめた人物です。)

ちなみに落柿舎には、松尾芭蕉が三度訪れています。
その逗留中に、嵯峨日記を執筆しました。

落柿舎の由来


向井去来が、落柿舎について書いた書物があります。
「落柿舎記」といい、そこには落柿舎と名付けた由来が書かれています。

かつてこの草庵の庭には、40本の柿の木が植えられていました。
その柿の木には、豊富に柿の実がなっていました。
その光景を通りすがりの商人が見て、去来に柿の実を売ってほしいと交渉。
一貫文で柿の実を買う約束をし、翌朝に引き取りに来るという事で引きあげます。

さて、その夜の事
嵐が嵯峨野を襲います。
朝には過ぎ去ったのですが、その影響で柿の実が全部落ちてしまいました。
この光景をみて去来が落柿舎(らくししゃ)という名付けたそうです。
ところで、柿の実の代金ですが、商人が気の毒に思い去来に返還しました。

さて、上の写真で落柿舎の入口の所を見て下さい。
蓑と笠がかかっているのが分かりますか。
これは、庵主が在庵中である事を示しています。
かかっていないと留守にしているという意味です。
外から見て在庵中か一目で分かる粋な方法ですよね。
落柿舎を訪れた時は、蓑と笠を見て判断してくださいね。

~今回紹介した京都の名所~
名所:落柿舎の詳細と見所

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